第1章_ファクタリング総論
1. ファクタリングの定義
ファクタリングとは、企業が保有する売掛債権その他の金銭債権を第三者(ファクタリング会社。本書では「ファクター」あるいは法律上の立場を示すときは「譲受人」と呼ぶ)に譲渡し、支払期日の到来を待たずに資金化する取引をいう。債権を売って早くお金に換える――本質はこの一文に尽きる。法形式としては債権譲渡であり、債権という財産権を代金と引換えに移転する点で、売買(民法555条)の性質を有する契約と整理される。ファクタリングそのものを直接規律する業法は現在も存在しない。その法的骨格は、民法の債権譲渡・売買に関する規定と、後述する動産・債権譲渡特例法(動産及び債権の譲渡の対抗要件に関する民法の特例等に関する法律)によって支えられている。
2. 売買と貸付を分けるもの――リスクの所在
本書の冒頭で、全21章を貫く大前提を宣言しておく。ファクタリングは債権の売買であって、貸付ではない。
なぜこの宣言から始めるのか。それは、ファクタリングが経済的機能だけを見れば融資に似た外形をまとうことがあるからである。とりわけ本書の主題である二者間取引では、ファクターが譲渡人に資金(買取代金)を交付し、後日、譲渡人から回収金を受け取る。この金銭の往復だけを切り取れば、貸付けと弁済のように見えなくもない。しかし両者を分ける本質的な違いは、リスクの所在にある。売買であるファクタリングでは、譲渡人は買取代金の「返済義務」を負わず、売掛先が支払不能に陥った場合の回収リスクはファクターが引き受ける(ノンリコース)。この点で、借主が自らの返済義務を負い続ける金銭消費貸借とは構造的に区別される。東京高裁令和3年12月15日判決(令和3年(ネ)第3018号)も、二社間ファクタリング契約について、貸付けの実質を有しないと判断している(東京高裁令和3年12月15日判決)。その理由は、譲渡人は交付を受けた金銭と同額の返還義務を負わず、ファクターは譲渡人が債務者から回収した金員の限度で支払を請求できるにとどまることから、金銭消費貸借の本質的要素である返還約束を欠く、というものである。
3. 名称ではなく実態で判断される
もっとも、「売買と名づければ売買になる」わけではない。契約書の題名ではなく取引の実態によって評価されるというのが確立した考え方であり、実態が貸付けであれば貸金業法・出資法の規律が及ぶ。この境界線こそ二者間ファクタリングの適法性を左右する最重要論点だが、条文に即した詳細な検討は第5章に譲る。本章では、この境界線が業界の歴史の中でどのように意識されるようになったかを、次節以降で通史として描く。
1. 三者間ファクタリングの基本形
ファクタリングは欧米で1960年代から売掛債権の流動化手段として普及し、日本での本格導入は1990年代以降である。当初は商社系・信販系の会社が大企業向けに提供し、2000年代に入って中小企業向けサービスが広がった。
このとき基本形とされたのが三者間ファクタリングである。これは、譲渡人(売掛債権を持つ企業)・譲受人(ファクター)・売掛先(債務者)の三者が登場する取引である。売掛先への債権譲渡の通知、または売掛先からの承諾を経たうえで、売掛先がファクターに直接支払う。債務者自身が譲渡を認識しているため債権の実在性(真正性)が確認しやすく、回収もファクターが直接受けるため確実である。その分リスクが低く、手数料も低率で済む。銀行系ファクターが担う大企業向け取引は、今日でもこの三者間型が中心である。
2. 三者間型の壁――知られたくないというニーズ
しかし三者間型には、日本の商慣行の下で決定的な壁があった。売掛先に資金調達の事実が知られてしまうことである。「売掛債権を売った」という事実から「資金繰りが苦しいのではないか」と推測され、取引関係そのものを損ないかねない。この懸念が、中小企業のファクタリング利用を長く抑制してきた。
3. 二者間ファクタリングの登場
この壁を越える形で、2010年前後に登場したのが、本書の主人公である二者間ファクタリングである。売掛先には通知せず、譲渡人と譲受人の二者だけで契約を完結させ、譲渡人が従来どおり売掛金を回収してファクターに引き渡す。売掛先に知られずに資金調達できるという利便性は、日本の中小企業の実情に合致し、二者間型は中小企業向けファクタリングの主流形態へと成長した。
4. 二者間ファクタリング普及の背景――2010年前後の金融環境の変化
なぜ「2010年前後」だったのか。その背景には、二つの資金供給の収縮が同時期に重なったという金融環境の変化がある。第一に、貸金業規制の強化である。2006年1月13日の最高裁判決(最高裁平成18年1月13日判決)が貸金業法のみなし弁済規定を事実上空文化させ、これを受けた改正貸金業法(2010年6月18日完全施行)は出資法の上限金利を年20%に引き下げ、利息制限法の上限(元本額に応じ年15〜20%)との間に生じていたいわゆるグレーゾーン金利を消滅させた(改正貸金業法_グレーゾーン金利撤廃)。この過程で多くの消費者金融・事業者金融が撤退・廃業し、中小企業が依拠してきた、高金利だが機動的な資金調達手段の供給が細った。第二に、2008年9月のリーマン・ショックである。金融機関による中小零細企業への「貸し渋り」「貸し剥がし」が社会問題化し、同年の全国倒産件数は15,646件に達した(リーマンショック_中小企業貸し渋り貸し剥がし)。銀行融資には頼れず、高金利業者も市場から退場する――中小企業は資金調達の空白地帯に置かれていたのである。
5. 二者間を支えた法制度インフラ
二者間ファクタリングの成長を法制度の側から支えたインフラが二つある。第一に、動産・債権譲渡特例法(1998年)が創設した債権譲渡登記制度である。従来、債権譲渡を第三者に対抗するには確定日付ある通知・承諾(民法467条)が必要であり、「債務者に知られずに対抗要件を備える」ことは困難だった。債権譲渡登記は、債務者への通知なしに第三者対抗要件を具備する道を開き、二者間型の法的安定性の基盤となった。第二に、2020年施行の改正民法が、譲渡制限特約付き債権についても譲渡を原則有効とした(民法466条2項)。売掛債権には譲渡制限特約が付されていることが実務上多く、この改正は売掛債権の流動化を後押しした。対抗要件と登記制度の詳細は第3章で扱うため、本章ではこの二つの法整備によって「二者間ファクタリングが安定した制度的地盤を得た」という理解にとどめる。
6. 本書の射程――二者間を制せば三者間を制す
本書の射程について一言しておきたい。本書は二者間ファクタリングを主題として掲げるが、これは三者間ファクタリングを対象外とする趣旨ではない。民法の債権譲渡規定、貸金業法・出資法、動産・債権譲渡特例法、そして第2部以降で扱う各種法令は、取引が二者間で組成されているか三者間で組成されているかを問わず一律に適用される。また、二者間ファクタリングであっても、譲渡人の契約違反や倒産等により回収局面でファクターが自ら債務者対抗要件(通知)を具備すれば、その時点で債務者は譲渡の事実を認識し、取引は事実上三者間型と同じ状態に至る(この場面の具体的な規律は第7章・第9章で扱う)。すなわち、二者間ファクタリングは当初から三者間の要素を内包しており、局面によっては三者間へと転化しうる構造を持つ。本書が二者間を主軸に据えるのは、対抗要件の設計・回収局面での法律関係が三者間よりも複雑であり、二者間の法律関係を押さえれば三者間の法律関係は自ずと射程に入る、という考え方による。二者間を制すれば、三者間をも制する。
1. 資金フローの三段階
二者間ファクタリングの資金の流れを、ここで確認しておく。以下の三段階は本書のすべての章の前提となる。
第一段階(買取):ファクターが譲渡人に買取代金を支払い、引換えに売掛債権の譲渡を受ける。買取代金は債権額面から手数料相当分を差し引いた金額である。
第二段階(回収):支払期日が到来すると、売掛先は――債権譲渡の事実を知らないまま――従来どおり譲渡人に売掛金を支払う。
第三段階(引渡し):譲渡人は、受け取った回収金をファクターに引き渡す。
第1章_二者間ファクタリング資金フロー図(省略)
2. 「一辺の欠落」という構造
図のとおり、ファクターと売掛先を直接結ぶ線は存在しない。三者間型であればこの線(売掛先からファクターへの直接支払い)が存在するが、二者間型ではこの線が欠落し、代わりに譲渡人がすべての資金の中継点となる。この「一辺の欠落」こそが、二者間ファクタリングの構造を図示するうえでの核心である。
つまり資金は「売掛先 → 譲渡人 → ファクター」という経路をたどる。三者間型であれば売掛先からファクターへ直接流れる資金が、二者間型では譲渡人を経由する。すでに債権を売却した譲渡人が、いわば回収の窓口としてなお取引の中央に立ち続ける――この構造こそが二者間ファクタリングの利便性の源泉であると同時に、固有のリスク(譲渡人による回収金の費消、架空債権の持ち込み等)の源泉でもある。本書の後半で展開する回収実務・請求権行使の議論は、すべてこの資金フローの上に成り立っている。
3. 具体的な金額でみる資金フロー
具体的な金額に置き換えて確認しておく。額面1,000万円の売掛債権を手数料率10%で買い取る場合、第一段階では、ファクターは額面から手数料100万円を差し引いた900万円を買取代金として譲渡人に支払う。第二段階では、支払期日の到来時に売掛先が――債権譲渡の事実を知らないまま――額面満額の1,000万円を譲渡人に支払う。第三段階では、譲渡人がこの1,000万円をそのままファクターに引き渡し、額面と買取代金の差額である100万円がファクターの収益として残る。
4. 変則型(2.5者間型)
実務では、この基本形を修正した変則型(いわゆる2.5者間型)も現れている。ファクターが譲渡人の事務代行者という立場で請求・回収に関与する方式や、振込入金専用のバーチャル口座(売掛先は譲渡人名義の口座に振り込むが、ファクターも入金履歴を閲覧でき、ファクターの承諾なしには出金できない設定とするもの)を活用して回収金の費消を防止する方式である。いずれも「売掛先に知られない」という二者間型の利点を維持しつつ、回収リスクを制御しようとする工夫として理解できる。
1. 業法なき市場という前提
二者間ファクタリングの歴史は、利便性による普及の歴史であると同時に、「貸付けとの境界」を業界が意識させられていく歴史でもあった。ここではその経緯を、確認できる公表事実に沿って通史的にたどる(個々の判例の法的分析は本章では行わず、巻末の判例索引と各論の章に委ねる)。
前述のとおり、ファクタリングには直接の業法がない。参入規制がないことは市場の成長を促した反面、悪質な業者の混入を許す土壌ともなった。
2. 給与ファクタリング問題の経緯
業界にとって大きな転機となったのが、2019年から2020年にかけて社会問題化した「給与ファクタリング」である。これは個人の賃金債権を、二者間類似の構造で買い取ると称するスキームであり、実態としてヤミ金融の隠れ蓑に利用された。
(1) 行政・法曹界の対応
行政・法曹界の対応は速かった。2020年3月5日、金融庁は「給与ファクタリングは経済的に貸付けと同様の機能を有するため貸金業に該当する」との見解を公表した。同年5月22日には日本弁護士連合会が給与ファクタリングと称するヤミ金融の徹底的な取締りを求める会長声明を発表し、同年6月12日には国民生活センターも注意喚起を行った。
(2) 警察の取締り
警察の取締りも同時期から本格化し、2020年には給与ファクタリング業者に対する全国初の摘発(貸金業法違反容疑)が行われ、翌2021年には同種の摘発が全国で2例目を数えた。同じ頃には、ファクタリングを偽装して中小企業の経営者に高金利で貸し付けていたとされる事案でも摘発が行われており、対象が個人の賃金債権か事業者の売掛債権かを問わず、偽装ファクタリングに向けられる警察の目は着実に厳しさを増していった。
(3) 最高裁令和5年2月20日決定
2023年2月20日、最高裁第三小法廷は、無登録で賃金債権の買取りを行っていた業者に対する刑事事件(令和4年(あ)第288号)において、給与ファクタリングと称する取引が貸金業法2条1項の「貸付け」に当たるとの判断を示した(最高裁令和5年2月20日決定(給与ファクタリング))。賃金債権の譲受人は労働基準法24条1項の趣旨により使用者に直接支払を請求できず、業者は顧客に債権を買い戻させることでしか資金を回収できなかった以上、形式は債権譲渡でも実質は返済合意を伴う金銭の交付と同様の機能を有する――これがこの判断の核心である。
3. 給与ファクタリングとの違い
ここで正確に押さえておくべきことがある。給与ファクタリングと、売掛債権を対象とする二者間ファクタリング(本書の主題)とは、外形的な二者間構造が似ているだけの別物だということである。対象債権の性質(個人の賃金債権か、事業者間の売掛債権か)も、回収の構造も異なる。上記の一連の行政見解・司法判断は給与ファクタリングに関するものであって、売掛債権ファクタリング全般の適法性を否定したものではない。現に前節で触れた東京高裁令和3年12月15日判決は、売掛債権を対象とするファクタリング契約を売買として、金銭消費貸借と区別している。
4. 貸付けとの類似性という警戒と適法な契約設計という課題
しかし同時に、この一連の出来事が業界に残したものは大きい。「二者間」という構造そのものに「貸付けとの類似性」という警戒の目が向けられるようになり、適法な二者間ファクタリングであるためにはどのような契約設計――ノンリコース性の確保、買取の実質性など――が求められるのか、という問いが業界全体の課題として浮上した。この問いこそが本書全体の問題意識であり、その規範的な検討は第5章(貸金業法・出資法との境界)で行う。本章では、この問いが給与ファクタリング問題という歴史的経緯の中から生まれてきた、という事実の確認にとどめる。
5. 国会での議論
こうした業規制の要否は、国政の場でも問われていた。令和2年9月16日、丸山穂高衆議院議員は「ファクタリングの法規制に関する質問主意書」を提出し、給与ファクタリング被害の実態把握と取締体制の十分性、欧州復興開発銀行の調査(平成30年9月)において調査対象国の過半数がファクタリング業に許認可・登録制の業規制を設けているとされることを踏まえた日本の無規制状態の適否、利息制限法を超過する手数料の契約を無効とする規定新設の要否などを質した。これに対する同年10月2日付の政府答弁書(内閣衆質202第17号)は、給与ファクタリングの相談件数について「統計をとっておらず、お答えすることは困難」とし、規定の新設については「現時点では考えていない」と回答するなど、既存の注意喚起の枠を超える施策は示されなかった(ファクタリング法規制に関する質問主意書と答弁書)。国レベルでの制度対応が具体化しない中、独自の一手を打ったのは東京都(産業労働局)であった。
6. 業界団体による自主規制の試み
その一手とは、自主規制に取り組む業界団体への支援である。2020年にはオンライン型ファクタリング事業者による業界団体が任意団体として発足し、2022年10月に一般社団法人オンライン型ファクタリング協会として法人化している。同協会は、東京都(産業労働局)が2022年6月に公表した自主規制団体の設立・運営に係る補助事業の公募で選定された団体であり、行政の後押しを受けた枠組みという性格を持つ。もっとも、その加盟会員数は12社(2026年7月現在)にとどまり、全国のファクタリング事業者数が概ね100〜200社と推定されることに照らせば、業界全体に対する自主規制としての実効的な影響力は(現時点においては)限定的である。他にも業界団体らしきものは存在するが、活動実態が不明瞭であり、業法なき業界における実効的な自主規制の枠組みは、現時点では確立されているとは言い難いのが実情である。
1. ファクタリング会社の4類型
現在の日本のファクタリング市場の担い手は、おおまかに四つの類型に整理できる。
(1) 銀行系ファクター
銀行系ファクター(三井住友銀行、三菱UFJファクター、みずほファクター等)。三者間型を中心に、信用力の高い大企業・安定した中小企業を対象とする。
(2) Fintech系
Fintech系(OLTA、マネーフォワード ケッサイ、 GMOペイメントゲートウェイ、ペイトナー、ラボル等)。AI審査を活用した少額・短期・オンライン完結型の二者間型サービスで、2020年以降のコロナ禍における緊急資金ニーズを背景に急速に普及した。
(3) 業種特化型
業種特化型。物流業界の西濃運輸「かるガルファクタリング」やヤマト運輸「クロネコ早払い」、診療報酬・介護報酬ファクタリングを扱うリース系など、特定業種の商流に組み込まれたサービスである。
(4) 独立系マルチ型
独立系マルチ型(ピーエムジー、ビートレーディング、日本中小企業金融サポート機構、アクセルファクター、トップ・マネジメント、アクティブサポート等)。取扱金額は数十万円から5,000万円(1億円を超える場合もある)程度が中心で、審査は柔軟だが手数料率は高めであり、プレイヤー数が最も多く競争が最も激しい層である。本書が扱う二者間ファクタリングの実務課題――債権の真正性確認、回収金の管理、債権譲渡通知や登記を用いた回収――が最も先鋭的に現れるのも、この層である。
2. 利用者側の顔ぶれ
利用者側の顔ぶれも確認しておく。建設業・運送業・IT開発業のように納品から入金までの期間が長い業種、診療報酬・介護報酬のように請求から支払まで2か月程度のタイムラグが構造的に生じる業種、そして銀行融資を受けにくいフリーランス・創業間もない事業者などである。ファクタリングの審査の中心は利用者自身ではなく売掛先の信用力にあるため、融資枠が上限に達した企業やリスケジュール中の企業でも、優良な売掛先を持っていれば利用できる。担保・保証人が不要で、売買ゆえに返済義務が生じないことと並び、これが融資にない独自の存在意義である。
3. 市場規模の推計
市場規模については、正確な統計が存在しないことをまず押さえておく必要がある。
(1) 公式統計は存在しない
ファクタリング業には業法がなく、監督官庁が実態を把握する仕組み自体が存在しないためである。前節でみたとおり、国会で相談件数を問われた政府ですら「統計をとっておらず、お答えすることは困難」と答弁しており、取扱高についての公式統計はなおさら存在しない。インターネット上では「年間5〜6兆円」等の数字がしばしば引用されるが、遡ると業界団体の統計ではなく民間調査会社や個々の事業者による推計にとどまり、算出根拠も明らかでない。
(2) 理論上の潜在市場――法人企業統計ベース
財務省の法人企業統計によれば日本企業全体の売掛債権残高は約200兆円であり、回収サイクルを45日(年間約8回転)と仮定すれば年間の売掛債権の発生流通総額は約1,600兆円という試算が成り立つ。もっとも、この理論上の上限と実際の二者間ファクタリング市場規模との間には大きな開きがある。
(3) 著者の実務経験に基づく実績試算――概ね2兆円
公表資料が存在しない以上、本書では著者の実務経験に基づく概算を示すにとどめる。主要な独立系マルチ型プレイヤー(概ね100社。年間買取額合計は小規模な事業者で10〜20億円程度、中堅クラスで100〜300億円程度、トップクラスで1,000億円程度)の年間取扱高を積み上げると概ね1兆円弱、これに業種特化型とFintech系プレイヤーの数社(統計データはないが概ね年間2,000億円台の規模と予想)を加えると、現時点での二者間ファクタリング市場全体の買取実績としては、年間概ね2兆円程度という規模感になる。
(4) 貸金業代替ロジックによる理論値――概ね12兆円
もう一つ、別の角度からの理論値も示しておきたい。二者間ファクタリングは、2006年の貸金業法改正・グレーゾーン金利撤廃(前掲)により撤退した消費者金融・事業者金融が担っていた「無担保・小口・機動的な資金供給」機能を、一定程度代替する形で成長してきた面がある。事業者向け貸金業者の貸付残高がピーク時(2000年代前半)に概ね1兆円程度であったと仮定し(これも著者の実務感覚による概算であり公式統計ではない)、この残高が仮に毎月転がる(回収・再買取を月次で繰り返す)ファクタリングの形に置き換わったとすれば、年間の取扱高は残高×12回転で概ね12兆円という理論値が導かれる。この12兆円は、1,600兆円の理論上限と同様、「二者間ファクタリングが果たしうる代替機能の理論的な天井」を示すものであり、前述の実績約2兆円は、この天井の6分の1程度にとどまる。両者の開きは、なお大きな開拓余地を示していると言える。
(5) 海外調査会社の推計との比較不能性
なお海外調査会社による推計(例:2025年時点で日本市場1,968億米ドル、年平均成長率7.19%とするもの)が引用されることがあるが、国際的なファクタリングの定義は二者間・三者間を区別しない請求書割引全般を含みうるため、本書が対象とする二者間ファクタリング市場に限定した数値ではなく、単純比較はできない点に留意されたい。中小企業庁も資金調達手段の多様化の一環として売掛債権の利用促進を掲げており、制度環境は追い風にある。
1. レートの推移
本章の最後に、二者間ファクタリングの「価格」であるレート(買取手数料率)の推移と、それが映し出す業界構造の変化を確認しておく。
肌感覚に基づく数値であることの明示:市場規模と同様、レートについても公的統計は存在しないため、本節で示す数値は統計データではなく、著者の実務経験に基づく肌感覚であることをあらかじめ明示しておく。
2010年前後からの推移:二者間ファクタリングが登場した2010年前後、レートは買取債権額面の20〜30%という水準も珍しくなかった。ファクターの数が少なく、判例の蓄積もない中で、二者間取引はどのようなリスクが顕在化するか見通せないハイリスクな取引と認識されており、その不確実性がそのまま価格に織り込まれていたのである。状況が変わり始めたのは2020年前後からである。ファクターの増加による競争の激化に加え、銀行系や大手企業系列といった大資本の参入がレートの引き下げ圧力となり、現在では概ね額面の5〜15%前後のレンジで推移している。付言すれば、相場そのものがここまで下がったわけではないものの、一部の業者、あるいは一部の個別案件においては、額面の1〜3%という低レートの層も存在する。売掛先が優良企業である場合や大口の案件など、回収リスクが特に低いと評価できる取引を、資金力に勝る銀行系・大資本系ファクターが有利な条件で取り込むケースであり、これも競争激化の一つの断面と見ることができる。
2. 貸付金利との比較
このレート水準をどう評価すべきか。ひとつの物差しとなるのが、貸付金利との比較である。もとよりファクタリングは貸付ではなく、両者を同列に論じることには本来慎重であるべきだが、水準感を掴むうえでは有益な視点となる。ファクタリングレートの多くは1ヵ月サイト――買取から回収金の引渡しまで概ね1ヵ月――の債権を前提とするため、単純計算で月利×12ヵ月として年率に引き直すことができる。レート10%なら年率120%、競争を経た後の5%でも年率60%に相当する高水準である。
この水準感を歴史的な文脈に置くために、貸付の上限金利を定めてきた出資法(出資の受入れ、預り金及び金利等の取締りに関する法律)の上限金利の推移を掲げておく(出資法上限金利の推移)。
上限金利(年率) 適用開始 背景
109.5%(日歩30銭) 1954年8月1日 制定当初
73.0% 1983年11月1日 貸金業規制法制定(サラ金問題対策)
54.75% 1986年11月1日 段階的引下げの第二段階
40.004% 1991年11月1日 段階的引下げの第三段階
29.2% 2000年6月1日 商工ローン問題を背景とした引下げ
20.0%(現行) 2010年6月18日 改正貸金業法完全施行
現行の年20%への一本化は、第2節でみた改正貸金業法の完全施行によるグレーゾーン金利の撤廃(前掲改正貸金業法_グレーゾーン金利撤廃)と同じ出来事である。ここで注目したいのは、貸金業者が最も活発であった時代――上限金利が年40.004%ないし29.2%であった1990年代から2000年代――の金利水準である。これを月利に引き直すと概ね2.4〜3.3%となる。これに対し、前述のとおり現在のファクタリングレートは概ね5〜15%であり、いずれも1ヵ月サイトを前提とした同じ土俵(月利ベース)で比較する限り、現在のファクタリングレートは貸金業全盛期の上限金利を月利換算した水準をなお上回っている。かつて出資法が許容した最も高い貸付金利の時代と比べてもなお高い手数料率で市場が回っている、というのが現在の実像である。繰り返すが、リスクの所在も法的性質も異なる貸付とファクタリングを同一の物差しで比較すること自体の妥当性には留保が必要である。しかし、ファクタリングを貸付の代替的な資金調達手段と位置づけるのであれば、現在のレートは競争による低下を経てもなお高い水準にあると評価できよう。
3. デフォルトリスクの実態
では、その高さはリスクの対価として正当化されるのか。二者間取引は一般にリスクが高いとされ、その分がレートに反映されているという理解が広く共有されている。しかしデフォルトリスクの実態は、契約書・保全書類の取り方、与信管理と債権回収の巧拙によって会社ごとに大きく異なる。ここにも統計は存在しないため著者の肌感覚として述べれば、リスクを踏まえた契約設計と管理を行っているファクターにおいては、デフォルトリスクは世間で想定されているよりも低い。他方で、そうしたノウハウを持たないまま参入した新規事業者が多くのデフォルトを出し、早期撤退の動きを見せるケースも現れている。デフォルトリスクは業界一律の与件ではなく、各社の実務能力の関数なのである。
4. 参入障壁と業界の自浄作用
この新規参入者の明暗は、業界の構造変化を象徴している。ファクタリングには業法がなく、許認可も登録も要しない以上、参入障壁は法的には低い。しかし実際には、三つの要因が事実上の参入障壁を形成しつつある。
(1) デフォルトリスク
デフォルトリスクである。集客力の弱いファクターには、他社の審査を通らなかった筋の悪い顧客が集まりやすく、デフォルトリスクが構造的に高まる。
(2) レート競争の激化
レート競争の激化である。自己資金力や低コストでの資金調達力がなければ、大資本が主導する引き下げ競争に勝ち残れない。
(3) 集客コストの増大
集客コストの増大である。マーケティングコストは年々かさみ、ブランド力を持たない後発事業者は顧客の獲得自体に苦労する。
(4) 市場原理による参入障壁の形成
総合すれば、法的な参入障壁は低いままだが、資金力・集客力・審査回収能力を欠く参入者は市場から退出を余儀なくされるという「市場原理による参入障壁」が形成されつつある、というのが著者の見立てである。
(5) 業法なき業界における自浄作用
この構造変化には見逃せないプラスの側面がある。闇金融の世界でみられた「問題が起きたら会社を畳み、別法人で再開する」という安易な発想が、この市場では通用しにくくなりつつあることである。資金力・ブランド・審査回収ノウハウという蓄積型の経営資源が競争力の源泉となる市場では、使い捨ての法人で参入と撤退を繰り返す事業モデルは成り立たない。業法なき業界に、市場原理由来の自浄作用が働き始めていると言える。今後、ファクタリングに業法が設けられるかどうかは分からない。業法ができれば業界の安定に資することは確かだろう。しかし仮にできなくとも、悲観すべきとは限らない。同じく業法を持たないまま市場に受け入れられ、日本の企業金融の一角に定着した業界として、リース業がある。二者間ファクタリングもまた、リース業界のように市場の信認を積み重ね、一つのビジネスモデルとして定着していくこと――それが著者の望む業界の姿である。
1. 本章の到達点
本章で確認してきたことを、三点に整理しておく。
(1) 売買であって貸付ではないという大前提
ファクタリングは債権の売買であって貸付ではないという、本書全21章を貫く大前提である(第1節)。売買と貸付を分けるのはリスクの所在であり、譲渡人が買取代金の返済義務を負わず、売掛先が支払不能に陥った場合の回収リスクをファクターが引き受ける(ノンリコース)という構造にある。もっとも契約書の題名ではなく取引の実態によって評価されるため、この境界線をどのような基準で見極めるかという条文に即した検討は、第5章に譲った。
(2) 二者間を制せば三者間を制するという考え方
二者間ファクタリングが三者間型の壁――売掛先に知られたくないという中小企業のニーズ――を越えて登場し、2010年前後の金融環境の変化(改正貸金業法によるグレーゾーン金利の撤廃、リーマン・ショック後の貸し渋り・貸し剥がし)と、これを支えた法制度インフラ(債権譲渡登記制度、譲渡制限特約付き債権の譲渡を原則有効とした改正民法)を背景に、中小企業向けファクタリングの主流形態へと成長した経緯である(第2節)。本書はこの二者間ファクタリングを主題としつつも、民法・貸金業法等の規律が二者間・三者間を問わず一律に適用されること、回収局面で対抗要件を具備すれば二者間も事実上三者間化しうることから、二者間を制すれば三者間をも制するという考え方に立っている(第2節の6)。
(3) 資金フローの構造――一辺の欠落
二者間ファクタリングの資金は「売掛先→譲渡人→ファクター」という三段階の経路をたどり、ファクターと売掛先を直接結ぶ線が存在しないという「一辺の欠落」こそが本書全体の前提となる構造である(第3節)。この資金フローのうえで、譲渡人が回収の窓口として取引の中央に立ち続けるという二者間型固有の利便性とリスクが成り立っている。この資金の流れを債務者対抗要件との関係でどう備えるかという実務的な検討は、第3章に譲る。
2. 次章以降への接続
本章後半で確認した給与ファクタリング問題の経緯(第4節)は、業界に「貸付けとの類似性」という警戒を残し、適法な二者間ファクタリングであるためにどのような契約設計と確実な回収実務が求められるのかという問いを浮かび上がらせた。この問いこそが本書全体の問題意識であり、その規範的な検討は第5章で行う。
また、業界の担い手の4類型、市場規模の推計、レートの推移、参入障壁と業界の自浄作用(第5節・第6節)は、統計に基づく確定的な数値としてではなく、二者間ファクタリングを取り巻く実務環境を理解するための土台として押さえた。これらの動向そのものを本書がさらに深掘りすることはないが、以降の章で個別の実務課題――債権の真正性確認、回収金の管理、債権譲渡通知や登記を用いた回収等――を検討する際の背景として、繰り返し参照することになる。
次章以降、本章で示した大前提と資金フローの構造を出発点に、対抗要件の実務(第3章)、適法性の境界(第5章)、回収局面の法律関係(第7章・第9章)へと、順に解きほぐしていく。
※「二者間ファクタリングの実務大全」は現在、執筆中です。